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 投稿者:はすぴー  投稿日:2009年 4月17日(金)22時02分31秒
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    評論家であれば、その結果に対する責任というものはない。しかし、経
 営幹部は現場で結果を出すことが仕事であるので、いくら評論がうまくて
 も仕方がない。

  すでに起こった事象に対して得意気に「あれがいけなかった」「何故そ
 んなことをしたのか」と言うのであれば、そうならないように予め手を打
 っておくことが当然、経営幹部には求められる。

  関西のある中堅メーカーでの出来事を紹介したい。

  新規市場開拓のプロジェクトチームに参画しているA部長は、鋭い分析
 能力は持ち合わせているものの、結果論でモノを言うばかりで、自分では
 動こうとはしない。それに業を煮やしたB社長は、総責任者としてA部長
 を抜擢することをプロジェクトの途中で本人に伝えたのである。

  A部長は狼狽した。というのも、それまでのA部長はどちらかといえば、
 他人事のように本プロジェクトに関わっていたからである。得意の分析能
 力を駆使して私見は述べるも、魂が入っていない。心の奥底では「実行す
 るのは自分ではないから」と言わんばかりの態度で発言していたのである。

  ところが、総責任者に任命された後のA部長は取り組み姿勢に変化が表
 れた。発言の1つひとつにも重みが出てきた。会議中も、計画を実現する
 ためには「誰が」「いつまでに」「何をするべきか」を掘り下げて考える
 ようになった。つまり“当事者意識”が芽生えたのである。

  後にB社長は「今までのA部長は、どのような会議に参加しても“会議
 ごっこ”をしていただけだ。本気でやってやろうという気持ちは全く伝わ
 ってこなかった」と語った。

  A部長の結果論の分析は正しくて当たり前である。正しいがゆえに、会
 議などで意見を聞いていると、とても優秀であるかのように思えてしまう。

  過去のプロジェクトで取り組んだ結果に対しての分析も、結果でモノを
 言っているので正しいのは当たり前なのである。むしろ、プロジェクトの
 当事者達からは、「だったらお前がやってみろ」と思われるのがオチであ
 ろう。これでは、部下はもちろん同僚達もついて来ない。

  何事にも常に“当事者意識”を持って取り組めているかどうかを、ぜひ
 自問自答していただきたい。
 
 
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